未完の大器というロストワード

 具体的に誰がそう、言われていて、完成したのか?完熟したのか?未完ののまま萎んだのか?も
記憶にある方か?言えないのが、辛いのですが、かつて、確かにこのワードはありました。
こう、評された人は確かに居たと記憶します。

 昨今はなぜ、こう言われる人が居ないのかな?
ひとつには、世の中がセッカチになってしまったからでしょうか?『凄い』ヤツが、世間に出てくる時って、もう、熟し切っているように、感じます。

どの分野にもアンテナが張り巡らされていて、完成度の高い人が厳選されて輩出される。
だから、安心して観賞に耐えうる、或いは期待を高く見守ることのできる新星が現れるんでしょうか?でも、そもそも日本人は、苦労話・出世話の大好きな人々なんですが・・。

 そしてその分、棄てられ忘れ去られるのも早い気がするのです。

 元来のものであれ、磨き上げたものであれ、魅力・才能・実力を息長く、見守る視線を持ちたい。

職場でも、未完の大器、を見守る懐の深さがあればいいなあ、と、未完の年寄りは思うのであります。